JR最長経路の旅 水戸駅を上梓しました。 


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コメント

Re: Re: 星越の山の斜面に建つ銅山の選鉱場

> > 私が初めてキャンバスに描いた絵は星越の山の斜面に建つ銅山の選鉱場の工場です。
この周辺は(今のところ)随分むかしの面影が残っていますね。
もう一度新居浜に行くことがあれば、訪ねてみたいものです。
駅と社宅がそのままあるそうなので、↓
https://www.city.niihama.lg.jp/uploaded/attachment/10049.pdf

http://nmh.hearts.ne.jp/k/gaidobook/066/

Re: 追伸

> 喜光寺商店街が繁華街でしたが、
今でもお店が並んでいて、びっくりしました。

> 明屋書店は東京中野のブロードウェイ商店街の中にもあり驚きました。
元のところにはありませんでしたが、新居浜にも何店舗もあり、びっくりしました。
国土地理院の地図はここしか置いていなくて、貴重でした。
 
> 私が初めてキャンバスに描いた絵は星越の山の斜面に建つ銅山の選鉱場の工場です。
google street viewをみると今でも土台だけありますね。 たしかに絵を描くには良さそうです。
昔から構図を見る目が確かだったのですね。
ここの北側の惣開の社宅が、今でも生き残っているようです。 惣開は昔聞いたことがあるのですが、
新居浜の西側とばかり思っていました。

> 私も来年で還暦、、若かったですね。
たしかに、僕よりはるかに元気な青春だったようです。
養生すればまだまだ行けそうです。

Re: 北フランスは寒い


> 確かに温帯の日本と寒帯に位置するフランスとでは植生も違い木々もスクスクとは行かず、寒さに負けないように硬質で節くれ立っています。
ドイツは寒くて、フランスは気候温暖と思っていました。 今日地図を見ると日本で一番寒い旭川でさえ、南仏のど真ん中、リヨンより南とは・・・
昔行ったカナダのプリンスエドワード島は寒くて、ジャガイモしかとれませんでしたが、ノルマンディーだと何を食べているのかという感じです。

> 一年の半分近くは暖房のお世話になります。ロシアから来る天然ガスが高いのが悩みのタネです。。
軽井沢ですね。 夏向きの建て方のせいもあり、僕の所は8月以外は暖房を朝晩入れてますが、ちゃんと冬向きにすれば、そんな感じのようです。
老齢化して軽井沢へ移住される、フランス帰りの画家を見かけますが、気候が似ているのでしょうか。
____________________________________________
勉強になりました。

追伸。
新潮堂さんへ行かれてたのですね。
私は磯浦生まれで4歳から角野へ行き喜光寺商店街が繁華街でしたが、高校になると大きな書店の明屋書店とか新潮堂さんへ遠征していました。
明屋書店は東京中野のブロードウェイ商店街の中にもあり驚きました。
前田社宅懐かしいです、従兄弟が居ましたので遊びました。
隣の山田社宅のゴルフ場脇の獣道を少し登ると日本軍の高射砲跡があり格好の遊び場でした。
私が初めてキャンバスに描いた絵は星越の山の斜面に建つ銅山の選鉱場の工場です。
当時はブラマンクとかゴッホなどに憧れて原色で描いていました。
20号のキャンバスを手に持って角野から片手で自転車に乗り星越まで通いました。
帰りは風を受けて腕がもげる程疲れたのが想い出です。
私も来年で還暦、、若かったですね。

そうですね、仰る通り北フランスは光が穏やかで、特に冬季は太陽を直接目視出来る位の陽の弱さの日もあります。
夏も陽が陰ると寒く、夜は身体が凍える程に冷えます。
良く考えるとパリ圏は樺太の中央辺りで、南仏の入り口とも言われるリヨンでさえ稚内と同じ緯度です。
私が日本で個展をした時に恩師の現代美術家の藤山貴司先生に君の絵の緑は少し淡っぽいなアと言われましたが、先生がノルマンディーに来られた時に、君の絵のままの緑だ。と仰っていました。
確かに温帯の日本と寒帯に位置するフランスとでは植生も違い木々もスクスクとは行かず、寒さに負けないように硬質で節くれ立っています。
今年は特に寒く氷点下12度位まで下がりました。
今月一杯は朝方は氷点下の予報が出ています。
湿度につきましては夏季はカラカラで冬季は多湿で日本の逆です。
ノルマンディー在住時は扇風機さえ持っていなかったですが、パリから南下450キロのボージョレ山地に引っ越してからは各部
屋に置いています。
北フランスはでは全く見なかったクーラーの室外機もボチボチ見ます。
石の分厚い壁ですので猛暑時は木の鎧戸を閉めてカーテンを引くと日本の蔵の中の様にヒンヤリしています。
一年の半分近くは暖房のお世話になります。ロシアから来る天然ガスが高いのが悩みのタネです。。

Re: タイトルなし

越智様、
> 日本語でも大変なのにフランス語になるとチンプンカンプンです。
語学が不得意なものから見れば、沢山の画家が気軽にフランスへ行かれる(そして飯を食う)
のが、不思議というか、魔法のような気がします。

>
> 緒方拳主演の映画 薄化粧の舞台になった、山根の社宅は同級生も住み懐かしいです。
爆破の所までは、史実に近いのでしょうか。 映画の後半はとても本当とは思えません。

> 前田社宅は親類が居ましたが、そこもイオンになっています。
幼稚園の2年?までは、僕も前田社宅でした。 家の横に線路があり、耳をあてて電車?の音を聞いたことがあるような
記憶があります。 それがイオンのどこか、全く分からないで悲しい思いをしました。

> 大丸も無くなり記憶の新居浜は消え行くようです。
南海百貨店、菊本の新潮堂(本屋)、菊本の床屋(同級生の親がやっていた)は残っていました。
こちらが移動ばかりしていたせいで、同級生との音信もなく、寂しいですね。

> 駅周辺の変貌はあかがねミュージアムと言う美術館も建ち著しいそうです。
駅周辺は人家が無かった記憶があるのですが、発展しているのですね。
>
> 張って頂いたリンクのブログの方が水戸で個展をされた画家の方です。> 多彩な方で羨ましいです。
たしかにすごいですね。
>
> 私は日本の個展では風景画を主に展示していましたが、パリのサロンドートンヌ公募展には抽象画を出品していました。
抽象画も、とは多彩ですね。
>
> 私も生活の殆どは家内のお店のお手伝いで賄っています。
家内のお店も、この商売が成り立つのはここ10年ぐらいでしょうから、
それまでは画家で一家を支えられていたのでは?

> 画家と言うより画商?になりつつあります。
選択眼がなかなか素晴らしいように見えます。 さすが画家でしょう。
>
_________________________________________
ところで、越智様の絵から受ける印象では、北フランスは太陽が弱くて、湿気が多いというように見受けられますが、
当たっていますでしょうか。
良く画家が描いている、南フランスは、太陽が強く、日差しが強いように見えますが。(ゴッホだけかも知れません)

おはようございます。
佐藤先生はソフトウエア工学の専門家なのですね。
私は全くの門外漢でメールを送るくらいしか知識が無く、パソコンの設定は次男にしてもらっています。
日本語でも大変なのにフランス語になるとチンプンカンプンです。

緒方拳主演の映画 薄化粧の舞台になった、山根の社宅は同級生も住み懐かしいです。
前田社宅は親類が居ましたが、そこもイオンになっています。
大丸も無くなり記憶の新居浜は消え行くようです。
駅周辺の変貌はあかがねミュージアムと言う美術館も建ち著しいそうです。

張って頂いたリンクのブログの方が水戸で個展をされた画家の方です。
大阪の有名画廊と契約していたのですが、倒産し現在は大工の親方をしてるそうです。多彩な方で羨ましいです。

私は日本の個展では風景画を主に展示していましたが、パリのサロンドートンヌ公募展には抽象画を出品していました。

フランスもごく一部の絵描きさんの除き絵だけでは生活は難しいです。
私も生活の殆どは家内のお店のお手伝いで賄っています。
画家と言うより画商?になりつつあります。苦笑

http://belleepoque.ocnk.net/page/8

Re: タイトルなし

越智様、
> えんとつ山の麓で
山根社宅も売り払われ、今は公園になっています。
えんとつ山は変わりませんね。

> 16年間ノルマンディーに住み
絵を観させていただきました。 ペインズ・グレーが入ったような、独特の色調を堪能させていただきました。
絵で生活できるとは、すごい才能だと思います。 
知り合いの若い女性は、すごい賞を取り、出身学校に絵が飾られているそうですが、
それでもまったく飯が食えません。 厳しい世界ですね。

> 私は2009年が最後の帰国です。
これですね↓
https://blogs.yahoo.co.jp/mjoojy/61801420.html

こちらは退職者で暇なので、色々な世界の方々との出会いが新鮮で、うれしい限りです。

奥様の新居浜市滞在のブログを拝見致しました。えんとつ山の麓で育ちましたので懐かしいです。私は2009年が最後の帰国です。16年間ノルマンディーに住みパリ、東京、松山、新居浜と個展を開催していました。思えば若かったですね、現在は諸事情で製作は一休みしております。
国分寺と軽井沢を行き来されておられるのですね。渡仏したばかりの頃、高原文庫の深澤紅子さんのお孫さんで在仏画家の佐々木氏に個展を開催して頂きお世話になりました。
長文失礼致しました。
奥様共々これからもご健康でお過ごし下さい。
画家 越智 博

Re: タイトルなし

2010年に新居浜へゆきました。↓
http://uritoboo.blog134.fc2.com/blog-entry-25.html

http://uritoboo.blog134.fc2.com/
にはお鷹の道を含めて、近辺の情報を
載せていますのでよろしければ見ていただければ(主に家内が書いています)

>> リヨン
リオンは、画家から見ると描くところがいっぱいありそうで、
うらやましいです。

なんと懐かしい響きでしょうか。
父が通う住友化学の事を菊本と言っていたのを思い出しました。
私が小学校の頃にブラジルへの転勤話があって胸が高鳴った記憶があります。
私は新居浜から京都、東京と住み欧州へ。
今年で海外生活25年になります。
2歳で連れて来た息子は昨年からリヨン大学の法学部で教鞭に立っています。
水彩画を描かれているのですね。
私は油彩画を35年程取り組みましたが、
満足には程遠いです。

Re: 水戸駅

こちら菊本出身、西高一年のときに親の転勤で関西に移住し、そのまま転々としています。
新居浜も社宅が売り払われたようで、すっかり様子が変わり浦島太郎状態です。
> 今日は。
> 新居浜の方なんですね。
> そして国分寺にお住まいとか。
> 私は80年代に国立市に住み小金井市への通勤で国分寺を自転車で横断していました。
> 好きだったのはお鷹の道の湧水でした。
> 懐かしいですね。
> 水戸駅は一度だけ知人画家のデパートでの個展を見に行った事があります。
> 上野から遠かったです。
> 関東は13年住み、所帯を持った懐かしい土地です。

水戸駅

今日は。
新居浜の方なんですね。
そして国分寺にお住まいとか。
私は80年代に国立市に住み小金井市への通勤で国分寺を自転車で横断していました。
好きだったのはお鷹の道の湧水でした。
懐かしいですね。
水戸駅は一度だけ知人画家のデパートでの個展を見に行った事があります。
上野から遠かったです。
関東は13年住み、所帯を持った懐かしい土地です。

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